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起業ストーリー

今回の起業ストーリーは、健康運動指導士などを養成・派遣する「有限会社ミヤタ」、障害者就労継続支援A型事業所「ライクサポート」の代表取締役の宮田佳子様に多岐にわたる事業活動についてお話をお伺いしました。(インタビュアー:伊藤貴久美 コミュニケーションマナー講師・なでしコンサル東海理事)

先見の明のある母に進められた仕事が道を開いた

伊藤:先日は宮田さんのラジオ番組に出演させていただきまして、ありがとうございました。(平成28418日、宮田様がパーソナリティーを務めるMID-FM 76.1MHz、「女神のBi CLUB」に伊藤がゲストとしてお招きいただきました)

宮田:こちらこそ、ありがとうございました。周囲の方からもこの回が一番面白かったと評判だったんですよ。本当に楽しいひと時でした。

伊藤:嬉しいです。とても楽しくて、貴重な体験でした。

早速ですが、ラジオの番組でもご活躍の宮田さんがこうして多彩な才能を発揮されるまでのお話をお聞かせいただけますか。

宮田:有限会社ミヤタという両親から受け継いだ会社があります。写真屋さんとお弁当屋さんと、喫茶店を経営していました。写真屋といってもスタジオではなく、下呂の観光用の集合写真や旅館の前で記念撮影するといったもので、いち早く下呂温泉で始めたんですね。そういった記念撮影のはしりでもあったので、とても流行っていました。

その後、もともと所有していた土地に喫茶店とお弁当屋さんを1階に、写真スタジオを2階に作り事業を拡げました。その時に、私が学生時代にやっていた新体操がきっかけで、ダンススタジオをやってはどうかと親から言われ、軽い気持ちでダンスとマシントレーニングを始めようと「ソニーフィットネス研究所」にてトレーナーの勉強をし、妹と一緒に下呂…もしかしたら岐阜で第一号となるフィットネススタジオを始めました。サウナなども完備していましたので、当時では本当に珍しかったのではないかと思います。健康教室を行政から依頼されたり、出張することも多くなり、手が足りずインストラクターも増やして順調に経営していきました。

欲しかった2つの資格

伊藤:今ではどこにでもフィットネスクラブはありますが、本当に珍しかったんでしょうね。その後温泉にかかわるようになったのは何か大きな転機があったのですか。

宮田:31歳で2人目の息子を産んで、ふと、このままエアロビクスのインストラクターでいていいのかと思ったのですね。そんな時友人から「せっかく下呂に住んでいるのだから温泉の資格を取ったらどうか」と言われたんです。そこで平成元年にできた「温泉利用指導者」という資格を取ったんです。2歳の子供を置いて東京と山梨に10日間の研修に行かなくてはならなかったのですが、母が面倒をみるからと言ってくれて私の背中を押してくれたんですね。

これが大きく私のその後を変えたんです。

伊藤:というと、どんなことがあったのですか。

宮田:下呂には県の構想で健康保養地を作る計画があって、温泉医の医者と温泉利用指導者がいることによって、医療費控除の対象となる施設が作れるんですね。そこで、温泉療法で有名な病院があり、そこの医院長がこの資格を私が取得したことを知り、タイアップしようという事で新聞やラジオ・テレビなどで大々的に宣伝をしていただいたんです。この頃は健康や美容に関する様々なメディアに毎月出ていて、仕事の幅も県外まで広がっていきました。

伊藤:すごいですね。本当に大活躍だったんですね。「温泉利用指導者」の資格だけでも大きく飛躍されていますが、もう一つの資格というのは?

宮田:もう一つは「健康運動指導士」という資格です。受講資格そのものが狭くて取れなかったんです。内容も難しくて。講師も有名な先生の講義を聞いたりするのですが、受講者の半分が落ちるんですね。なんとか受講することが出来て資格を取ることができたのですが、なかなか皆さん取れないみたいです。

伊藤:この資格を持っていると何ができるのですか。

宮田:健康運動指導士というのは、スポーツクラブや介護施設、病院などで文字通り健康を維持したりより健康になるための指導をする人をいうのですが、通常資格を持っている人は、施設を運営するために必要なのでこういった資格を取られるんです。私のようにフリーの者は少ないんです。フリーでやっているからこそ、あちらこちらに呼んでいただけるんです。

伊藤:とても勉強されたのではないですか?

宮田:本当に勉強しました。大学受験より緊張したかも(笑)

伊藤:すごいですね。誰でも取得できるようなものではないんですね。

宮田:そうですね。取得しづらい資格です。でも、1泊2日で取れる資格もあるんですよ。旅館の経営者に取得いただくための「温泉入浴指導員」という資格です。

例えば、以前問題になった温泉の色が変わった事件がありましたよね。正しい知識があればあんなことにはならなかったんです。源泉は本来透明なんですね。色がついているのは、いろいろな化学反応のせいなんです。そういった、最低限知っておいて欲しい知識や温泉の効果的な入り方などを身につけていただくための資格なんです。

そのために、私のような「温泉利用指導者」が有名温泉地に講演に行って講演をしています。現在「温泉利用指導者」は500人くらいしかいないんですよ。

miyata_01.jpg 下呂温泉(イメージ)

女性の方へちょっとしたアドバイスなんですが、下呂温泉は「女性向け」なんです。白ニキビとかはすぐとれてしまいます。お湯で身体を洗うだけで汚れが取れてしまうんです。

それに対して草津は「男性向け」の温泉なんです。酸性が強いので、水虫などにいいんですよ。肌には少し刺激が強いんですよね。ピーリング効果はあるので最初はいいんですが、続けて入るには少し刺激が強すぎるんですよね。

温泉って沢山あるのですが、海沿いの温泉地と山間の温泉地がありますよね。山側の温泉の方が「美人の湯」なんです。何故かというと・・・これは私の講演に来ていただくと分かるんですが(笑)

新たな町づくりの為の活動

伊藤:下呂温泉というと一時期に比べ、注目度が上がってきていますよね。

宮田:そうなんです。いろいろとプランニングしたりしているのですが、その時に補助金の申請など新たに様々なことを行おうとすると、有限会社ミヤタでは難しいんですね。そこで「NPO下呂温泉わくわくプラザ」を作ったんです。ここでは温泉のことだけでなく、婚活など広く町興しとなることをお手伝いさせていただいているんです。

伊藤:婚活ですか?!

宮田:商工会や、商工会議所などでは地域から人を減らさないために、地元で結婚してほしいという気持ちがあるんですね。母親がもともとそういったことをしていたんですが、成婚すると県から表彰されるので、母は何度も表彰されたりしてました。

私も婚活セミナーの講師をしてたりしたんですよ(笑)司会やアトラクションでダンスを踊ったり、何でもやりました。男性にも、女性にも事前講習をしてなんとか成婚させようと、いろいろアドバイスさせていただきました。どんな話をしたらいいのかとか、服装やメイク、カラー診断もして。

伊藤:面白いです。本当に興味が尽きませんね!

これからの時代に、3つ目の会社を設立

伊藤:もう一つの新しい会社についてもお話しいただけますか。

宮田:3つ目の会社ですね。これが本当に私が1から立ち上げた会社なんです。

体力的な事や精神的な事年齢などを考え、何か違う仕事をと思っていた時にある方から「障がい者就労継続支援A型事業所」の仕事を進められたんですね。リスクも多いかなと思ったのですが、岐阜県には施設が少なく、中津川と下呂にはなかったんです。そこで、もし市が欲しいといったらやろう、要らないといったら辞める。そう決めて市の方にお話したところ、宮田さんがやろうとおっしゃるならぜひお願いしたいと言われたんです。予算も県と市から出していただけるということになったのですが、サービス管理責任者がいなくてどうしようかということに。しかし、良い人材に巡り合うことができ、それもクリアできました。多くの方の協力を得てこちらの事業も順調に進んでいます。

人の期待に応えたいという思いが強かった

伊藤:どんどん新しいことに挑戦されていますが、うまくいっている秘訣をご自身では何だと思っていらっしゃいますか。

宮田:今まで起業しようといったことでなく、ご縁で仕事が得られたんですね。事業も常に順調だったと言うよりも、トラブルがあっても直ぐに立ち治る。何があっても状態が良くなると信じていたらなんとかなってきたんです。(笑)

私がここまで来ることができたのは、第一に人が大好きだということ。多くの人と関われば騙されることも多いし、嫌な思いをすることもありました。ですが、どんな時も懲りないし、裏切られても堪えない。下呂というほとんどの方が観光業の中、観光業でない私がいたんです。古い体質が残る世界ですから、女性の私に対しては風当りも強く嫌味を言われたりもしていたんですが、周囲からの目線に気づかなかった。「鈍感力」があったんですね。

あとは、頼まれたことにイヤと言えない。人を裏切れない。裏切ったら必ずしっぺ返しが来る。やると言ったら有言実行で必ずやる。そういった気持ちが強かったんです。

人が好きだからこそ人の為にありたいと行動したことが私にとっての仕事であり喜びであったんですね。

伊藤:だからこそ、いろんな所でいろんな方が手を差し伸べてくださったんですね。

宮田:いろいろな所に顔をだして、いろいろな所で人に会って、そうやって人に恵まれていった。普段いつも動いているからこそ、いいタイミングでチャンスが訪れるということではないでしょうか。

子育てと仕事について

伊藤:家庭についてはいかがですか。

宮田:母親が結婚でなく仕事を優先する人だったんです。小学生のころから「嫁入り資金は残さない、仕事の為のお金を残す」と言われ続けて育ったので結婚する気はなかったんですが、縁あって結婚し子供にも恵まれました。ただ、幼い子供を抱えての仕事と家庭の両立は難しく結果的には離婚することになりました。

それから子供の為にがむしゃらに仕事をしましたね。仕事の間は母親と妹、父親、あと喫茶店をまかしていた叔母さんが二人の子供の面倒をずっと見ていてくれました。出張で2~3日いなかったこともあるのですが、当たり前のように面倒をみてくれて、本当に感謝しています。

その分、休みの時は本当にあちらこちらに連れて行きました。私の経験上、子供とただ一緒にいることが大事なのではないんです。短い時間でもいいから子供と向き合う時間を持つことが大切なんです。娘が大きくなってから言ってくれたんですね。「子供がいい子に育たないのは、子供が寂しいからだよ。私は寂しいと思ったことはないし、不自由を感じたことはない」と。自分の子育ては間違いじゃなかったんだと本当に救われた一言でした。

もし結婚せずに独身で子供がいなければ、外に出てどんどん羽ばたいていったと思うんですね。しかしできなかった。本当は下呂から出たかった。でも子供を育てるためには下呂を選ばざるを得なかった。仕事のレベルを上げたかったら、東京へ出るべきだと分っていました。それが無理ならせめて名古屋へ出た方がよかった。しかし、子供との生活を優先したかったので下呂という場所で頑張ることにしたんです。

今、親を見送り、子供も巣立ち誰にも縛られることも迷惑をかけることもない立場になったんです。だからこれから一人でやりたいことをやれるんだと思ったんです。私にとって「人生をやり直すために作った会社」がライクサポートです。

伊藤:素敵なお話ですね。まだまだお聞きしたいことが沢山ありますが、いつまでも続いてしまいそうなので・・・(笑)、最後にこれから起業される方、今仕事に奮闘されている方に一言いただけますか。

宮田:「人生はこれから。仕事に終わりはない」いくつになっても仕事をやり続ける。必要とされる仕事をし、後継者を育成する。それが大切だと思います。

伊藤:本日は楽しいお時間をいただき、ありがとうございました。

miyata_02.png (左:伊藤貴久美  右:宮田佳子様)
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